夏の暑い時期に各地でオテンノウサマ(天王祭)が行われるのに対して、夏場に各家で行われる代表的な年中行事の一つがお盆です。盆は正月と並んで行事も多く、市域でも特に旧家では盛んに行われていて、博物館でも多くの盆の写真を保管しています。
ちなみに市内では多くの地区で8月の盆ですが、緑区相原や橋本をはじめ、津久井地域でも7月に盆を行う地区があります。相原では、第二次世界大戦後に何か新しいことをしようということで、行事日を統一して7月盆を採用したとの話も残っています。
盆には普段、位牌を置いてある仏壇とは別に盆棚を作り、盆の期間はそこに位牌を移し、掛け軸を下げたりして飾ります。また、13日には迎え火を焚いて先祖の霊を盆棚にお迎えし、盆の間はさまざまな供え物をしてもてなして、16日(家により15日)に送り火で先祖を送ります。今回紹介するのは、昭和60年(1985)8月13日と16日に中央区上矢部の旧家で撮影させていただいた、盆の迎え火と迎え火の様子です。
最初の写真は、盆棚に用いるものを作っているところです。盆棚を作るには新しい竹や縄、チガヤなど、いろいろなものが必要でした。盆棚には季節の野菜や果物などもお供えし、写真にはスイカやブドウが見えます。また、先祖の霊が乗るキュウリやナスの馬(牛ということもあります)も用意し、ナス・キュウリの後ろにトマトやトウモロコシもあるのが分かります。
この職員ブログのシリーズNo.18で取り上げた酒まんじゅうなども供えられ、酒まんじゅうは盆や祭りなどには欠かせないもので、自分の家で食べたり親戚に配ったりしました。
次の写真は13日夕方の迎え火です。撮影させていただいた家では、屋敷と地続きの墓地で迎え火をして先祖をお迎えし、さらに屋敷の入り口でも火を焚いて家の中に入り、迎え火の火を盆棚に移します。この後、写真にはありませんが家族が盆棚を拝み、線香を上げます。
16日の送り火は、ご先祖がやって来る迎え火は早くというのに対し、帰られる送り火は遅くということで暗くなってから焚くこともあり、当家ではこの日の晩に行われました。少し写真が暗いですが、送るに際して盆棚を片付けています。そして、迎え火とは反対に、まず家の入口、次に墓場に行って送り火を焚いて盆は終了となりました。
今回は一軒の家での盆の写真を取り上げてきましたが、前述のように他にも多くの盆に関する写真があり、次回以降も何回かに分けて、これらの写真を紹介していきたいと思います。