前回は新年の仕事始めに関わる行事を取り上げましたが、今回まず最初に紹介するのは正月7日朝に行われることが多かった(家によっては6日夜)七草です。
6日の晩か7日に神棚の前で、道や土手等で摘んできたナズナやセリなどの草をまな板の上に載せ、すりこ木や包丁などで叩きます。この時、「七草なずな、トウドの鳥が渡らぬ先に、ストトン、トン、トン」などの唱え事を言いました。そして、7日朝に七草粥を作り、神仏に供えてから家族で食べました。
なお、春の七草と言いますがすべてを揃えるわけではなく、ナズナやセリのほかは、大根などの自家で作った野菜を入れた粥のことも多かったようです。写真は南区上鶴間本町で、手前のこねばちには野菜があり、この家では6日夜に野菜を叩きました(平成2年1990]1月・文化財記録映画『続・相模原の年中行事』での撮影)。
14日に行われたのがアワボヒエボで、畑の肥料となる堆肥の天地返しをした後に、雑穀の粟(あわ)と稗(ひえ)の穂に見立てたものを積んだ堆肥の上に刺しました。写真は七草を撮影させていただいたのと同じ家で、竹を割って大きくしならせた先に、10㎝ほどに伐って穂に見立てたニワトコの木を付けて飾りました(同上撮影)。
アワボヒエボは別の日に行う地区もあり、前回、ウナイゾメを紹介した緑区相原のお宅では、11日にウナイゾメとともにヤマからヌルデの木を伐ってきてアワボヒエボを作りました。これを16日に竹の先に付け、11日朝にウナイゾメをした畑に立てました。
写真はいずれも昭和63年(1988)1月16日撮影で、一枚目が15本に伐ったアワボヒエボ、次が五本に割った竹先へのアワボヒエボの取り付け(伐ったヌルデを全部竹には付けません)、最後が畑に供えているところです。
アワボヒエボは、竹の先に付けられたものをたくさん実った粟や稗として、このように今年も作物が豊作であるように祈るものですが、このほかに繭がよくできるように願って作ったものに繭玉団子があります。次回はさまざまな地区の繭玉飾りを取り上げます。