「写真で見る相模原~昭和・平成の生活と民俗~」(No70・盆の砂盛り)

本ブログのNo.22では、お盆の行事として「砂盛り」と言われるものがあり、その分布には特徴があって、市内では、南区磯部と新戸で濃厚に見られ、当麻・下溝・上鶴間は場所によって作り、中央区田名や上溝は希薄ながら家によっては行い、それ以外の北部に当たる中央区の区域と緑区では見られないことに触れました。

砂盛りは各家の入口のところに土や砂を盛って作りますが、家によっても材料や形に違いがあり、前回のブログでは、主に昭和61年[1986]に南区磯部地区で撮影した写真を取り上げました。今回はいつもとは異なり、今年撮影したものを中心に紹介します。

下の四点はいずれも南区磯部・下磯部地区で、下磯部は他の地区に比べて砂盛りがよく作られているところです。一枚目は缶の中に砂をつめ、線香立ての筒を立てています。こうした缶や植木鉢などを使うことは以前から見られました。そして、二枚目は石の鉢、三枚目では専用の自製した木の箱を使っており、階段も作っています。また、四枚目では容器に土や砂をつめるのではなく、全体が石製です。

 

次の二枚は南区新戸の同じ家で、最初は平成18年[2006]、二枚目が今年撮影です。平成18年は土を固めて作られているのに対し今年は石になっており、下磯部の四枚目のものと同様に毎年作る必要がなく、保管していて盆の時に出して使用するものと思われます。

 

最後は南区下溝で、実はこの場所には、ほかでよく見られるような土で作った砂盛りがありましたが、現在はこのようなブロックで囲った中に土をつめるものに変わっています。

 

ここで挙げたのはわずかな例で、これだけでもちろん現状を捉えることはできないものの、やはりブログNo.22で取り上げた昭和61年[1986]に比べると大きく変化し、作られなくなっていると考えられます。それでも缶などの利用はもとより、自製の箱や石を使うなどの形も現れており、市域の文化や民俗を調べていく上で、今後ともどのようになっていくのか、注目する必要があるといえるでしょう。

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