市内の神社の中には、境内に仏像が祀られていることがあります。
南区下溝の下溝八幡宮の境内にある不動明王は、八幡社の別当寺であった大光寺の本尊であったものが、明治初期に神仏分離が行われた結果、大光院が廃寺となって、下溝八幡宮の境内に祀られるようになったものです。
大光院は現在、社務所がある場所に建っていたといわれています。
不動尊の祭りは1月8日と10月8日に近い日曜日に実施されており、いつもは扉で閉ざされている不動尊が、この時だけ御開帳されます。
今年は1月7日に行われ、近くの清水寺の住職がお経をあげる中、線香焼香が行われました。式典は約30分ほどなので、ご開帳は年2回、各日約30分だけということになります。
今回、お堂の中を拝見したところ、隅に神職の名前が書かれたお札の束を見つけました。
現在、下溝八幡宮では、上溝の亀ヶ池八幡宮が神事を担っていますが、以前は神職が住んでいました。お札に書かれていたのは、その頃の神職の名前でしたので、かつては不動尊に祝詞を上げていたのかもしれません。
不動尊は胎内銘によれば享保9年(1724年)に鎌倉仏師の後藤左近藤原義貴により制作されたことが分かっており、相模原市の市指定有形文化財となっています。
今年はちょうど仏像が作られてから300年の節目にあたります。
この300年の間に少なくとも3回、明治43年(1910年)、昭和20年(1945年)、平成24年(2012年)の火災から難を逃れた歴史があります。このような来歴から火難除けの信仰があるように思われますが、地元の方にうかがうと、特にそのようなことはなく、ごく一部の人だけがそのような信仰をしているとのことでした。
磯部八幡宮の不動尊も、明治初期の神仏分離の結果、神社の境内に祀られるようになったものです。しかしこちらは現在、祭りの日には神職が祝詞を上げ、玉串を奉奠(ほうてん)するなど神式の作法に則った式典が行われます。
このように、地域の神社に仏像が残されていることから、神仏習合や神仏分離といった日本全体の大きな歴史の流れを知ることができますが、その後の地域での位置づけについては各地域で異なります。今後とも、各地のさまざまな事例を集めていきたいと思います。
南区の磯部八幡宮の不動尊についての記事はこちら。
(民俗担当学芸員)
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