【新規収蔵資料展見どころ紹介①】尾崎行雄の筆

6月1日(土)から、当館特別展示室でミニ企画展「相模原に生まれた偉人 尾崎行雄(咢堂)新規収蔵資料展」を開催しています。

このミニ企画展では、令和5年度に受け入れたばかりの“郷土の偉人”尾崎行雄に関する新規収蔵資料を展示しています。以前のブログで告知したとおり、担当者的見どころ紹介をしたいと思います。

展示室の様子

導入部分で尾崎の年表などをご覧いただいた後、まず目に飛び込むのがウォールケース一面に並ぶ扁額(へんがく)の数々です。昨年度受入資料の中でも書画の件数が圧倒的に多く、今回は扁額7点、屏風1点を展示しています。

扁額がズラリ!

揮毫(きごう)にあたって尾崎は雅号(=ペンネーム)を用いましたが、節目ごとに改め、生涯で5つの雅号を称しました。(「琴泉」→「学堂」→「愕堂」→「咢堂」→「卆翁」)
その中でも、「咢堂」を称した時期が大正初め頃から昭和22(1947)年までと最も長く、当館所管施設の市立尾崎咢堂記念館の名称もこの雅号を用いています。しばしば、「どうして尾崎行雄なのに、尾崎“咢堂”記念館なのですか?」とご質問をいただくことがありますので、本展示でも雅号について取り上げました。

展示している扁額で雅号の記載があるものは、いずれも「咢堂」を称したときに書かれたものです。「愕堂」から「咢堂」に改めた理由としては、年をとって心力の衰えを悟ったため「忄(りっしんべん)」を取ったからとされていますが、年齢による衰えを感じさせない力強い筆跡です。

ところで、ご来場いただいた皆さまは、展示室内の一角にこのようなコーナーがあることにはお気づきでしょうか?

「みんなで咢堂桜を咲かせよう!」…?

これは、尾崎が東京市長時代(明治36(1903)-明治45(1912)年)に、米国ポトマック河畔へ桜を贈ったことにちなんだ企画です。“相模原に生まれた偉人”尾崎行雄をより身近な存在に感じていただけるよう、展示をご観覧いただいた皆さまと一緒に作り上げるメッセージボードを設けました。

尾崎の桜寄贈については、本展示でも解説しているため、次回の見どころ紹介で触れたいと思いますが、令和4年度にメインテーマのミニ企画展を開催しましたので、よろしければこちらのブログをご覧ください。

かなり開花しています🌸

写真は6月2日(日)のお昼頃の様子ですが、5分咲きといったところでしょうか。皆さまからのあたたかいメッセージやイラストで次々と開花しています。
ご来場の際は、本展示の感想や尾崎へのメッセージなどを桜型の付箋(ふせん)にご記入いただいて、みんなで咢堂桜を満開にしましょう!

このほかの見どころについては、また後日ブログにて紹介したいと思います。

(歴史担当学芸員)

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